AKAMINE BLOG

メンズファッションディレクター 赤峰 幸生のBLOGです。

2009年05月24日(日)

OCEANS 7月号連載 AKAMINE STYLE 目覚めよ、日本の男たち! [OCEANS掲載記事]

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マエストロ赤峰の「オトナ相談室」
仕事、家庭、子育て、そして愛・・・・・・などなど。30〜40代のオーシャンズ世代にもなれば、少なからず何かしら悩みのタネは持っているもの。そんな皆さまの“駆け込み寺”として開設されたのが、このオトナ相談室。
皆さんの質問にお答えするのは、“人生のマエストロ”こと赤峰幸生氏。
今月も痛快なご意見で迷えるオーシャンズ読者に救いの手を差し伸べてくれるハズ!では皆さん、ご一緒に! 教えてっ、マエストロ!


今月のテーマ
“先人の言葉”

[今月の質問]
赤峰さん、初めまして。毎月、心に染み入る言葉をありがとうございます。今回、私が伺いたいのは、具体的な悩みの解決方法というわけではなく、赤峰さん自身の「好きな言葉」です。以前、赤峰さんは、「人生に迷ったとき、苦難と向き合ったとき、幾度となく先人が残した言葉に助けられた」ということをおっしゃっていました。そんな強い言葉を詳しく伺えたら、私自身も自分の人生に対して勇気が湧いてくる気がします。あつかましいお願いですが、是非よろしくお願いいたします。(34歳・東京都在住・メーカー勤務・T.A.さん)

Q.なるほど。たしかにマエストロは言葉の巨匠でもありますからねっ!そいじゃあ、早速、勇気が凛々と湧いてくる“言葉”をぶちかましてください!!
 このスットコドッコイの大ばか野郎がっ!てめえは先人の言葉を何だと思ってやがる。そのへんの応援ソングじゃねえんだ!!先人の遺した言葉は、彼らが苦労を経験して初めて得ることができた、奇跡ともいうべき遺産である。ちょっとくらい思い悩んだからといって、ハンバーガーを頼むように、簡単には出てこねえんだっ!!しかし、まあ、お前は置いといて、この読者は言葉の大切さに気付いているだけ素晴らしい。では、私の経験をお話しよう。
 私の人生に最も影響を与えた言葉はふたつある。 いずれもアパレル会社で働いていた20代半ばに、大川さんという恩師にいただいたものだ。彼は当時の私の上司で、穏やかな人柄の四十代半ばの紳士だ。当時の私は、働き始めて数年経っていたということもあり、ようやく仕事を覚えはじめ、ソツなく仕事をこなしているつもりでいた。しかし、一方でパターン化された仕事に単調さも感じていた。そんなある土曜日の夜、大川さんに飲みに誘われ、こんなことを言われた。「赤峰君よ、どんな小さな仕事をするときにでもね、初めに井戸を掘った人間のことを忘れずに水を飲まなくてはいけないよ」。そのときはピンと来なかったが、帰り道、「ああ」と思ったものだ。ひととおりの仕事を覚えた気になっていた私は、確かに当初持っていた、仕事に対する熱意を失っていたかもしれない。そしておそらくは、知らず知らずに仕事が雑になっていたのだろう。そんな私を見た大川さんは、私のことを思って「論語」にあるそのひとつ目の言葉を贈ってくれたのだ。私は翌週からすべての仕事を見直した。そしてひとつひとつの作業に関する、目的を考えるようになった。するとどんなルーティンな仕事にも、そのシステムを発案し、構築した人間がいて、次に仕事をする人が失敗したり、ミスが起ったりしないような工夫がなされていることに気付いたのだ。私はそんな“井戸を掘った人間”の存在も知らずに、何の考えもなく、ただ先人が組み立てたシステムを動かしているだけだったのだ。にもかかわらず、仕事ができている、という顔をしていた私は傲慢以外の何物でもなかったよ。
 そして二十代最後の年を迎えるころ、この言葉はまた別の響きを持つようになった。“井戸を掘った人間のことを考えているうちに、今度は私が井戸を掘ってみようという気になったのだ。大川さんに話すと、とても喜んでくれた。「『論語』にもあるように、私が話した一から、赤峰君は十を知ってくれたわけだね。赤峰君、まだ誰も掘っていない井戸を掘りたまえ。その水は多くの人に、そして後世の人に必ず何かしらの恩義をもたらすはずだ
」。私が当時、誰も注目していなかったイタリアの服に目を付けたのは、この言葉の影響によるところも大きい。そんなフロンティア意識を持つことができたからこそ、今の私があるといってもいい。
 

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(→)真剣を振るった先月に続き、今回マエストロが往くのは腕に覚えのある書の道。しかし、手にしたのは普通の筆にあらず。なんと、身の丈を超えんばかりの超特大の筆なのでした。マエストエロには書美院の院長、内野七色さんのご指導のもと、「心」という字を書いていただきました。その力強く真っすぐな字面は、マエストロの生きざまを物語るようでした。「背筋が伸びるようなこの緊張感は、心が洗われるようだ。東洋文化の真髄といわれる書道。その奥深さは、服づくりの道にも通ずるものがある」と語るマエストロ。白×黒の千鳥格子のスーツを纏い、袴にも通ずる格式を意識して装うあたりは、やはりただ者ではありません。
 

Q.深〜い、深すぎますっ!マエストロの掘った井戸・・・・・、じゃなくて、お話がっ!!では、仕事で簡単に成功できる秘訣を教えてくれるような、便利な言葉はありませんか!?
 この大ばか野郎がっ!なんとまあ、安直かつセコイことを言う奴だ簡単に仕事で成功する秘訣だと?開いた口が塞がらねぇとはこのことだ!そんな言葉などない!ただ、進むべき方向を指南してくれる言葉があるだけだと心得よ。
 話は戻るが、私が会社を起こすと言ったとき、大川さんは、内心不安でいっぱいだった私の心を察したのであろうか、こんなメッセージをくれた。「中国にはこんな言葉がある。“往くは小道に寄らず”だよ」と。生きるということは、王道とは何かを常に探し、考え、その道をただまっすぐに突き進むこと−私は大川さんからいただいたこのふたつ目の言葉によって、それまで熱意こそあれ、目先のことしか考えていなかった自分に気付いた。頭の中は明日の予定や来月のお金のことだらけ。しかし、この言葉を知ってから、私は常に10年先のことを考えるようになった。すると日々の些細なことでくよくよ悩まなくなった。そしてバブル期にはびこった投機話の類にも、私はこの言葉を反芻し、一切手を出さなかった。ただ王道を突き進み、小道に寄ることなど、よしとしなかった
 洋服の企画に関しても同じ考え方をした。周囲を見渡すと、やれトレンドだの、次は何色が来る、など目先の予想に振り回される輩ばかりであった。私は数ヵ月後の流行など完全に無視し、10年後、いや50年経っても着られる服づくりを目指した。肌触りがよく、丈夫な生地を用い、トレンドに左右されない本物のクラシックデザイン。採算を度外視して上等な生地を用い、手作業をふんだんに取り入れた。おかげで儲けこそ少なかったが、幸いにしてファンは着実に増えていったものだ。
 そしてつい先日、大川さんの言葉に改めて感謝したことがあった。そのきっかけは、私の洋服を購入してくださっているファンの方からいただいたある手紙だった。手紙の送り主は55歳の男性で、1986年に私の作ったコーデュロイパンツを買ってくれたという。しかし、なんと彼は22年を経た今でもなお、そのパンツをはき続けてくれているというのだ。手紙の最後は、「これほど長く着られるものを手に入れられて、私は幸運です」と結ばれていた
 思わず目頭が熱くなり、私は天を仰いだ。そして心の中で、今は亡き人生の父に、感謝の言葉を述べた。「この仕事をしてきてよかった、自分は間違っていなかった」そんなふうに思える、ひとりの男として最も幸福な瞬間だった。こんな素晴らしい体験をできたのは、ただひとえに大川さんのおかげである。

Q.う〜ん、いいですねっ!!これぞ、まさに先人の言葉!でも、どうすればそんなラッキーな言葉に出会えるのですかっ?
 てめぇ、しまいにゃぶっ飛ばすぞ!!ラッキーなどと浅薄な表現を・・・・・これじゃ、余韻も何もないな。いいか、先人の言葉とは「処方箋」のようなものだ。言葉が良薬となり得るかは、その言葉を信じようとする自分の心の持ち方次第なのだ。また、その言葉を与えてくれる「医師」にあたる人物に敬意を払っているかどうか。そして「薬」そのものの力。それらが渾然一体となったとき、初めて言葉は“力”を持ち得るのだ。
 先人の言葉との出会い方は、たくさんある。私は人や本から出会うことが多い。我が国の文豪、夏目漱石の「こゝろ」やフランス作家アルベール・カミュの「太陽の讃歌」は、私の人生のバイブルともいえるものだ。自分の好きなことわざや故事成語などを書き出して、常に目に見える所に貼っておくのもいいだろう。単なる昔の言葉だと思うなかれ。これらもほかならぬ、先人の言葉なのだ。どうか耳を傾けてほしい。先人の言葉は、あなたのすぐそばにもある。あとは、あなたがそれに気付けるかどうかなのである。
 「言葉は心根につながっている」というのが私の信条だ
。無論、先人の言葉は彼らの心にもつながっている。だからこそ己と共鳴する言葉と出会えたとき、まるで先人に導かれるかのように、それが自分の進むべき道の指針になったり、傷を癒してくれる薬になったりするのだ。
 青臭くたっていい、五感を研ぎ澄まし真剣に生きてみることだ。そうすれば、血となり肉となる素晴らしい言の葉に出会えるはずだ。
 

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−近ごろのマエストロ−
講演をすることが多い私は、いつも“人に届く言葉とは何か”を考える。最近、改めて気になるのが、2001年に他界した稀代のシンガーソングライター・河島英五氏の歌詞だ。「酒と泪と男と女」や「時代遅れ」など名曲が数あるが、その中でも私が愛しているのが「旅的途上」である。





春はあざやか 菜の花畑で
雲などながめコップ酒
夏は星降る 浜辺に手まくら
波を相手に 旅の酒

人恋しさに飲んだ酒が
なお人恋しくさせる
年がら年中 恋焦がれ
人生 旅的途上

作詞・作曲/河島英五


河島氏の歌の魅力をひと言でいうならば、「整った自分を見せようとしていない」ところに尽きる。彼の郷里、大阪の言葉で言うなら「エエカッコしない」というところか。一切のてらいがなく、シンプルで温かい。私は車の中でよく「旅的途上」を聴く。口ずさみながら、このように潤いがあって、真っすぐな言葉を紡ぎ出せれば最高だ、といつも思う。
 

■皆さんからの質問待ってます!
仕事から家庭、恋愛、そしてファッションetc.・・・・・・、日ごろ読者の皆さんが抱える悩み、疑問など、相談したいことを何でも教えてください。マエストロ赤峰がズバッと解決いたします!少誌ホームページ[ www.oceans-ilm.com ]へアクセスのうえ、トップページ投稿してください。

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2009年05月21日(木)

服の立ち位置【ダシの利いた服を】 [朝日新聞掲載記事]

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朝日新聞(東京本社版夕刊)に2009年5月21日付けでファッションコラム連載『服の立ち位置(ダシの利いた服を)』が掲載されました。

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2009年05月06日(水)

MEN'S EX 6月号 平成の寺子屋 赤峰幸生の上級ファッション塾 連載vol.06 [MEN'S EX 掲載記事]

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「ラコステのポロシャツ10の着こなし」

真のクラシックを追求し、服のみならず、生き方そのものに自らのスタイルをもつ男、赤峰幸生。氏が考える、男のお洒落を伝授します。第6回は、「ラコステのポロシャツ」についてのお話です。

Q 赤峰先生にとってラコステとは?
自分の相棒のような存在です
ポロシャツのクラシックといえばラコステ。私のスタイルを築く上で欠かせない、まさしく相棒のような存在です。特に好んで着ているのは、長袖のポロシャツです。イタリアでは年間を通して長袖のポロシャツを着るのですが、私も夏でも袖をまくって着ています。なかでもネイビー、白、グレイ、黒は基本として押さえておきたい色ですね。
 

■今回着たのはこの10枚■

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ラコポロは何枚あっても重宝します
1.台襟付きボタンダウンの長袖タイプ、ビズポロ 1万5750円、2.赤の長袖ポロシャツ 1万1550円、3.緑の長袖ポロシャツ 1万1550円、4.ヴィンテージウォッシュの白ポロシャツ 1万3650円、5.10年前にパリで購入した私物のボーダー鬼鹿の子ポロシャツ、6.ネイビーの長袖ポロシャツ 1万1550円、7.パープルの半袖ポロシャツ 9975円、8.私物のハイネックカットソー、9.エクリュ色の半袖ポロシャツ9975円、10.黒の半袖ポロシャツ 9975円/以上ラコステ(赤峰さん私物の58を除き、ラコステ)

■ラコステはポロシャツの基本の基といえるアイテム
M.E.  ラコステのポロシャツは、ヴァルスターブルゾンなどと並ぶ赤峰さんの七つ道具のひとつですが、出会いはいつ頃に遡るんですか?
赤峰  40年以上前ですね(笑)。20歳のときに学校でカトリーヌ・スパーク主演の「太陽の下の18歳」というイスキア島が舞台の映画を見たんですけど、その中に出てくる人物のほとんど全員がラコステのポロシャツを着ていたんですよね。ヨーロッパに根差しているな、カッコいいなって、心の中に凄く印象に残ったのが最初です。その後25歳のときにヨーロッパへ旅行したとき、パリのラコステで買ったのが僕とラコステとの出会いです。
M.E.  それからラコステひと筋で?
赤峰  そうですね。彼の地に行って、ラコステのポロシャツはフランスに土着した基本の基のアイテムなんだと肌で感じ、自分自身も白のポロシャツを買ってから、いろいろと揃えていきました。「太陽の下の18歳」の時代のヴィンテージラコステなども、ひなびたスポーツショップでデッドストックを買い漁ったり(笑)。エレガントスポーツの匂いがするという意味では、今も昔もなんら変わっていないんですよね。ラコステのポロシャツというのは特別な存在で、鹿の子ポロシャツとラコステのポロシャツというのは似て非なるものなんです。
M.E.  「太陽の下の18歳」でのラコステは、夜のプールサイドで着ていたりとラフな感じだったと思うのですが、今日赤峰さんが見せてくださった着こなしの中には、ドレスアップしたスタイルもありました。
赤峰  そうですね。ただ、決して肩肘の張った感じではなくて、イタリアのお爺さんたちが、中はラコステでフツウにスーツを消て、ピアッツァ(広場)で談義しているみたいなね。そういうお爺さんが着ているようなラコステのポロシャツの自然なこなしに影響を受けているんです。ラコステはフランスのものでもあるにもかかわらず、イタリア人の中での土着感みたいなものがあって、彼らにとっても基本の基のなんですよね。
 

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(←)着こなし1
夜のお出掛けはアイリッシュリネンスーツで
リヴェラーノ&リヴェラーノのアイリッシュリネンスーツに長袖のビスポロ、マンテラッシのスリッポンを素足で。「襟はさりげなく無造作に。テーマはリゾートの夜。」日本ではレストランの食事のときなどに」

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(→)着こなし2
赤のポロシャツ&ジャケットで築く週末スタイル
リヴェラーノ&リヴェラーノの綿ポプリンのJKに赤の長袖ポロシャツを合わせ、赤の長袖ポロシャツを。「赤は赤峰的差し色。ウイークエンドスタイルですね。ボタンは上まで留め、裾を軽く出しているのがポイントです」
 

■夏でも袖をまくって長袖を一年中愛用
M.E.  イタリア人は長袖を好んで着て、一年を通して愛用していますよね。
赤峰  そうなんです。で、日本では半袖に人気が集中していますけど、個人的には長袖を腕まくりして着るのが好きで、特に洗いざらしたラコステの袖口をまくって、それが味となってなんとなく雰囲気を醸し出すのが僕的には好きなんですね。袖口がびよびよに伸びちゃったりするんですけど、それもまた味わい深いかなって。
M.E.  そういう赤峰さん的な演出のテクニックを教えてください。
赤峰  襟に表情をつけますね。ただ、襟巻きトカゲみたいに極端に立てるのは好きではありません。丈が長すぎるのも好きではないので、場合によっては短くお直しして着ることもあります。裾を出したときの見え方は大切なので、そのへんは各人で調整するといいと思います。
M.E.  参考になります。
赤峰  あともうひとつ大切なのは、二の腕のフィット感。半袖の場合、腕の筋肉に対してちょうちん袖がきついくらいの感じでフィットしているのが、ポロシャツの着こなしではマストだと思います。
M.E.  勉強になります。ちなみにラコステは何枚くらいお持ちなんですか?
赤峰  昔買ったものも全部残してあるので恐らく40枚くらいだと思います。リーバイスの501にはノーマルから自分の色に落としていく楽しさがあるのと同じで、ラコステのポロシャツも、ガンガン着倒してからが、またいい味になるんですよね。そういった一枚を、襟に自分なりの表情をつけて着るのが赤峰的には好きですね。
M.E.  今回もとっても勉強になりました。ありがとうございました!
 
 

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(←)着こなし3
革ブルゾンで築く伊カジュアルの王道スタイル
32年着ているコノリーのレザーブルゾンに、リヴェラーノのピケパンツ、足元にはスペルガの2750。「レザーブルゾンとポロシャツは王道の組み合わせ。ザーブルゾンはパツパツで、ボタンをひとつだけ留めて着ます」

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(→)着こなし4
夏らしさ全開!白ポロシャツ+シアサッカーパンツ
ヴィンテージウォッシュのポロシャツに、アカミネロイヤルラインのシアサッカーパンツ。で、足元はスペルガの2750.「洗いのかかったポロシャツが、リラックス感を上手く引き出してくれます。夏らしさを表現した普段着」

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(←)着こなし5
ボーダーポロをパンツにインした街の散歩スタイル
メランジ調の鬼鹿の子のボーダーポロをリーバイスのコーデュロイパンツにイン。足元はコンバースのオールスター。「休日に街を散歩するときは、こんな感じかな。太めのベルトがアクセントになっています」

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(→)着こなし6
長袖&ショーツでリゾート地での散歩スタイル
紺の長袖ポロに、Y.アカミネの綿ツイルのショーツ、エスパドリーユという組み合わせ。「夏でも長袖を袖まくりして着るのが好きなんです。長袖のラコステは本当に重宝します。これはリゾート地で散歩する格好かな」

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(←)着こなし7
半袖ポロ裾を出してカジュアルに
パープルの半袖ポロシャツに、リヴェラーノのドリルクロスのパンツ、フローシャイムのコブラヴァンプというシンプルな合わせ。赤峰さんのスラックスの裾はすべてダブル。「パープルとベージュは好相性。裾を出して」

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(→)着こなし8
プールサイドで読書するときの水着スタイル
ポロシャツではないですけど、息抜き番外編。紺の長袖ハイネックカットソーに水着を合わせ、足元はコンバース。「海やプールサイドでの格好です。リラックス感を出すべく、長袖のカットソーで。サングラスは必須です」

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(←)着こなし9
ホワイトフランネルのパンツを合わせた正統テニススタイル
エクリュ色の半袖ポロシャツに、アカミネロイヤルラインのフランネルパンツ、マカフィーのホワイトバックスという合わせ。「全身をオフホワイトでまとめてみました。フランネルのパンツを合わせた正統テニススタイルです」

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(→)着こなし10
全身を黒でまとめたトレーニングスタイル
黒の半袖ポロシャツをトレーニングウェアとしても活躍しています。トレーニングをするときは、キリリと全体が引き締まった印象に映る黒で統一。下に合わせているのはアディダスのジャージ。「イチ、ニ、サン、シ〜」
 

今月のおさらい

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 赤峰先生にとってラコステに勝るポロシャツは存在しません
 長袖のポロシャツは夏でも袖をまくって着るのが赤峰流
 ちょうちん袖は二の腕にぴったりフィットが絶対条件

Posted by インコントロ STAFF at 00時00分 Permalink

2009年04月27日(月)

服の立ち位置【着る人八分 洋服二分】 [朝日新聞掲載記事]

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 朝日新聞(東京本社版夕刊)のファッションコラムに4月23日(木)付けから『服の立ち位置』と題した赤峰執筆のコラムを毎月第3又は4週(木曜日)に掲載させていただくこととなりました。

 AkamineBlogを通じ日頃からBlogご覧頂いている皆様へ、実際の新聞記事と合わせてご高覧いただければと思い、ご紹介させて頂きます。

 尚、ファッションコラムへの執筆は2009年4月〜2010年3月迄を予定しております。

何卒ご高閲いただければ幸いに存じます。

Posted by インコントロ STAFF at 11時00分 Permalink

2009年04月24日(金)

OCEANS 6月号連載 AKAMINE STYLE 目覚めよ、日本の男たち! [OCEANS掲載記事]

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マエストロ赤峰の「オトナ相談室」
仕事、家庭、子育て、そして愛・・・・・・などなど。30〜40代のオーシャンズ世代にもなれば、少なからず何かしら悩みのタネは持っているもの。そんな皆さまの“駆け込み寺”として開設されたのが、このオトナ相談室。
皆さんの質問にお答えするのは、“人生のマエストロ”こと赤峰幸生氏。
今月も痛快なご意見で迷えるオーシャンズ読者に救いの手を差し伸べてくれるハズ!では皆さん、ご一緒に! 教えてっ、マエストロ!


今月のテーマ
“理想の友”

[今月の質問]
赤峰さん、初めまして。突然ですが、私の悩みを聞いていただきたく筆を執りました。私は現在36歳。都内の電機メーカーに勤める者です。実は私、この春に転職したばかりなのですが、職場の雰囲気になじめないのです。私の部署には社員が30名ほどおり、ほとんどが男性ですが、同世代の人たちは何かにつけて、集団で行動します。仕事でのチームワークは大事だと思いますが、仕事以外の飲み会でも昼食でもなんでもゾロゾロ・・・・。仕事に対する意見をぶつけ合うこともなく世間話で終わるだけの時間がどうも苦手なんです。私は仕事を通じて本当の友を得たいと思っています。だから、こんなぬるま湯のような関係にどうもなじめません。そんな僕は協調性のないダメな人間でしょうか?。(36歳・神奈川県在住・T.K.さん)

Q.そりゃ〜がんばらなきゃダメダメ!だって友達はとにかく数でしょ。いっぱいいるに限りますよ〜!ねっ、マエストロっ!?
 ばか野郎っ!!このアンポンタンめがっ!春になって頭の中にも花が咲いちまったようだな、まったく。
 では答えよう!この読者はいたってまともな男だ。私もときどき東京のビジネス街で昼飯を食うことがある。もちろん一人でだ。すると必ず5、6人で飯を食っている職場の同僚らしいグループと出くわすものだ。まあ、まったく興味はないのだが、会話が耳に入ってくる。するとどうだ。仕事の愚痴や上司への不満を言っているのはまだマシなほうで、ただ、自分の身の周りに起きたこと、昨晩観たテレビの内容をダラダラみんなに報告し合っているだけの集団もいる。周囲も空気を読んでかウンウンと相槌を打っているだけ。これは決して友達なんてものではない。単なる「知り合いの群れ」にすぎない。
 言いにくいことは言わず、場の雰囲気に合わせた当たり障りのないことだけを話している。私からすると不思議で仕方ないが、彼らは何らかの集団に身を置いていなければ、不安を感じるのだろう。ただ、そんな安直な動機から成立している群れが、仕事で力を発揮し得るはずはない。環境が少しでも変化すれば、バラバラになることは目に見えていよう。だから、そんな群れに入ろうと努力したり、疎外感を感じたりすることなどまったくないのだ。

Q.でも、友達は大事っスよ?なんらかの集団の中に属さないと本当の友達なんて、出会えないじゃないですか〜!
 この大ばか野郎がっ!お前はどうやら「知り合い」と「友達」を混同しているようだ。
 本当の友達を得たいならば、まずは線引きをしなくてはならない。私に言わせれば、前者は利害関係がある人間だ。そして後者はそういうものをいっさい抜きにしても、「一緒にいたい」と思う人間だ。昼飯を一緒に食わなければならない、飲みに行かなくてはならない、そんなことでしか継続できない人間関係は、ただの知り合いだ。
 「知り合い」と「友達」の違いは、衝突したり、何らかの危機をともに乗り越えたりすることで明らかになる。例えば私には、3つ下の親友がいる。彼は優れたパタンナーで、私が独立した30歳のころからの付き合いだ。当時、彼は部下だったが、私のやることが間違っていると思ったら、彼は遠慮なく噛み付いてきたものだ。最初はうっとうしいとも思ったが、会社を続けていくにつれ、こんな得がたい男はいないと思うようになった。簡単に先輩や上司に気に入られたければ、ただ阿諛追従(あゆついしょう)をすればいい。実際、ただ媚びへつらうような輩もいたが、自分がいざ危機に陥ったとき、そんな奴は何の力にもならなかった。だが、彼はどんなときでも自分の利害を抜きにして、私にぶつかってくれた。だから私もそのつど、彼に全力でぶつかった。殴り合いの喧嘩をしたことも一度や二度ではない。その後、我々は別々の道を歩んで30年が経つが、今なお盆と正月にはどちらからともなく会おうと言い出し、酒を酌み交わす仲だ。
 また、そんな友情には国境も関係がない。イタリアに二十数年来の親友がいる。彼はパンツ工場のオーナーで、初めて会ったときから、彼の律儀なもの作りに好感を持った。その後、彼は私の紹介によって日本でパンツを売ることになった。だが、彼の工場がミスをして、取引先に大迷惑をかけてしまったのだ。私はそのとき、彼を連れてお詫びに行ったのだが、そこで彼に土下座をさせた。日本での礼節を伝えたかったこと、彼のビジネスを成功させたかったことが理由だが、その時、ひどいことをしたかもしれない、と不安になった。しかし、彼は帰国後、こんな手紙をくれたのだ。「利害関係のなかったユキオが、オレと一緒に土下座をしてくれたことは、一生涯忘れない」。以来20年が経つが、彼は私がミラノに行くたび、2時間も車を飛ばして空港まで迎えに来てくれる。
 「嗚呼、人は困ったときにこそ、初めて本当の節義が見られるものだ」。唐の文人、韓愈は「柳子墓誌銘」にこんなことを書いている。苦難に向き合ったときこそ、損得勘定なく助け合える。それが本当の友達であり友情なのだ。
 

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(→)マエストロの口癖でもある「真剣に生きろ!」。その神髄を知るべく今月は、居合抜きの名流、夢想神伝林崎抜刀術の道場にて真剣を振るっていただきました。マエストロも初の真剣でしたが、その力強い太刀筋には、師範も舌を巻くほど。いかにマエストロが真剣に生きてきたかを物語る剣の冴えでした。「真剣は思っていたよりも数倍重い。しかも固く巻いた藁の束をこともなく切断する切れ味にも瞠目した。古の武士たちが、いかにひと振りごとに覚悟を込めていたかを思い知らされる」とマエストロ。その鋭い眼光は、真剣に劣らぬ“凄み”を感じます。

Q.な、なるほど熱い、熱いですね。ほとばしってますねぇ〜!でも、利害を考えないのなら仕事以外で親友を求める、そのほうが現実的なんですか?
 ばか野ろっ・・・・と言いたいところだが、なかなかいい質問でもある!
 大半の男は、仕事に人生の大部分を時間を費やす。そして言うまでもなく仕事はビジネス、つまり利益を追求する場である。しかし仕事であっても、利害を抜きにして、純粋に腕を認め合うことで生まれる友情もある。そして、これほど尊いものはない。
 それを教えてくれたのは、旭川にあつ縫製工場の主で、私と同年輩の職人であった。出会ったのは数十年前、私がグレンオーヴァーというブランドをやっていたときのことだ。当時、1mで1kgもあった極厚でヘビーウェイトのウール生地を入手した私は、この生地でダッフルコートを作るべく、日本中の名のある工場を回っていた。しかし、そんな厚手の生地を縫い上げるのには高い技術が必要で、手間も通常の数倍かかった。つまり儲からないから、どこも請け負ってくれなかった。数十軒の工場に断られ、最後にたどりついたのは、知人づてに知った旭川のサンケーソーイングという縫製工場だった。それまで見たなかでも最も高い技術を持った工場だったが、社長である川森さんも、やはり首を縦には振らなかった。ただ、彼は私を酒場に連れて行き、熱い酒を飲ましてくれた。その人柄にほだされた私は、いつの間にか親友にしか話したことのない服作りへの思いを語っていた。
 その後東京に帰ると、彼から電話があった。「50年経っても着られるヴィンテージの服作り。私にも手伝わせてください」。私はその後何度も旭川へ足を運んだ。そのたびに工場で川森さんとぶつかり合い、彼の奥さんに止められたこともしばしば。しかし、喧嘩の後は酒場で肩を抱き合い、朝まで語り合った。完成したダッフルコートは、私が知る限り世界最高の出来栄えだった。雑誌にも幾度となく紹介され、圧倒的な売れ行きを記録した。少量生産ゆえ儲けこそ少なかったが、私は心底うれしかった。数年後、ブランドは休止したが、私はことあるごとに、彼と酒を飲むために旭川へ行ったものだ。
 その後、互いに仕事が忙しくなり、18年ほど会っていなかった。そして7年前の一月、彼の妻から手紙が届いた。彼の訃報であった。葬儀は本日とのこと。私は翌日にイタリア出張を控えていたが、彼の顔が脳裏にちらつき、どうしても最後の顔を見てやらなくてはと思い、仕事着のまま、羽田に向かい旭川へ飛んだ。膝までつかる雪の中を革靴で進みながら、やっとの思いで寺に着いた。そのころ葬儀は終わっていて、会場は閑散としていた。
 私の目に飛び込んできたものは、ひつぎの横に飾られたあのダッフルコートだった。驚きのあまり言葉を失った。ひつぎの傍で着せつけられたコートは、20年近くを経ていたが、型崩れもなく、当時のままの風格を湛えていた。思わず熱くなった目頭を押さえながら、私は彼のひつぎに深く頭を下げた。
 私は彼の腕に惚れ、彼は私の熱意を認めてくれた。だからこそ、互いに利害を度外視し、一切妥協のない仕事ができた。私は仕事で最高の友と出会い、最高の仕事ができたと思う。彼も同じように感じてくれたからこそ、コートをあの世へ持って行ったのだろう。
 仕事に対する姿勢や腕前を認め合い、高め合える。これこそ私の考える理想の友であり友情のひとつのかたちだ。おそらくそんな友は生涯で5人もいれば十分だろう。量より質。そのためには、常に本音で生きよ。会社の仲良しサークルに満足しているだけではいけない。今からでも遅くはない。ぬるま湯に浸かるのをやめて、一歩を踏み出せばよい。そして、生涯の友を探すのだ。
 
 

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−近ごろのマエストロ−
最近、敬愛する池波正太郎氏が愛した江戸の味を巡るのに凝っている。氏の愛した味をたどりながら、その生き様に思いをめぐらせる。単なる真似でしかないのだが、店で静かに料理を味わっていると、池波氏の哲学、感性に触れる思いがする。そもそも「学ぶ」の語源は「真似る」にあるという。もし、誰かの生き方に憧れを覚えたなら、その人物の生活を真似ることから始めてはいかがだろう。かつて能の大成者、世阿弥も芸の基本を「物真似」に置いた。デッサンがうまくいけば、後は自分なりの色をつけていけばいいのだ。スタイルの確立は、真似から始まるのである。

■皆さんからの質問待ってます!
仕事から家庭、恋愛、そしてファッションetc.・・・・・・、日ごろ読者の皆さんが抱える悩み、疑問など、相談したいことを何でも教えてください。マエストロ赤峰がズバッと解決いたします!少誌のホームページ[ www.oceans-ilm.com ]へアクセスのうえ、投稿してください。

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日・伊・英、スーツ3賢人が伝授する「スポシック」の極意! [OCEANS掲載記事]

キチンとしているのに、どこか夏らしい涼感が漂う装い。
それが「スポシック」の要諦だ。では、業界の賢人はどのような装いをするのか?
日本、イタリア、英国、各国を代表する三賢人の卓見を伺う。



日本代表スーツ賢人
赤峰幸生

「本質を失った“クールビズ”に惑わされるな」

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赤峰氏が夏の装いに選んだのは、意外にもブラウン。「こうした淡い茶色を、大正から昭和初期の洒落者たちは、夏に好んで着たものだ」。一見、貫禄十分なダブルブレステッドだが、着てみると生地はリネンで涼しく、実に軽い。「見た目が涼しいだけでは、ビジネスに何の恩恵ももたらさない。アイリッシュリネンはふんわり軽く、肌触りも心地いい。それでいて適度なコシがあるから、汗をかいても型崩れしない。また、Vゾーンにはコットンピケのシャツを、足元にはウィングチップを選ぶことで、スポーティな要素が加わる」。視覚的な涼しさだけに捕らわれず、肌の感覚とエレガンスを重視する。こんな「スポシック」な装いが、氏の信じる“クールビズ”なのだ。
 

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(→)淡いブラウンで統一したエレガントな涼感スタイル

スーツ生地は、老舗アイリッシュリネンメーカー、スペンス・ブライソン社のものを使用。ウエストを若干絞り、ほどよくモダンに仕上げた赤峰氏オリジナルスタイルだ。同系色のタイは1930年代の柄を復刻したもの。シャツは白のコットンピケ、足元はダブルソールのウィングチップを選び、スポーティな雰囲気を加えた。シャツ参考価格2万8875円、タイ参考価格1万3650円/アカミネロイヤルライン(インコントロ)、ほかすべて本人私物

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赤峰 幸生 (あかみね ゆきお)

● イタリア語で「出会い」の意のインコントロは、大手百貨店やセレクトショップ、海外テキスタイルメーカーなどの企業戦略やコンセプトワークのコンサルティングを行う。2007年秋冬からは『真のドレスを求めたい男たちへ』をテーマにした自作ブランド「Akamine Royal Line」の服作りを通じて質実のある真の男のダンディズムを追及。平行して、(財)ファッション人材育成機構設立メンバー、繊研新聞や朝日新聞などへの執筆活動も行う。国際的な感覚を持ちながら、日本のトラディショナルが分かるディレクター兼デザイナーとして世界を舞台に活躍。 Men’s Ex、OCEANSに連載。MONOCLE(www.monocle.com)、MONSIEUR(www.monsieur.fr)へも一部掲載中。

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朝日新聞新連載 日本の紳士服 『アルマーニ「制服」騒動 洋装150年 ブランド頼りではなくて』

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MEN'S EX 6月号 平成の寺子屋 赤峰幸生の上級ファッション塾 連載vol.17

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MEN'S EX 2013年4月号 赤峰幸生の『服育のすゝめ』 vol.4

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